あなたを狙う「有毒」動物

アブには濃度30%のディート入り虫除けスプレーが効果あり

写真はイメージ
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 幸運なことに、私はまだアブに刺されたことがありません。もしかすると子供の頃、1回ぐらいは刺されたかもしれませんが、記憶にないので多分未経験だと思います。しかし知り合いの中に登山好きがいて、刺されたことがあると言っています。登っている最中に後をずっとつけてきて、すきを見つけて刺してくるのだそうです。またアユ釣りが好きな知人に聞いたところ、アブは難敵で、釣行のたびに狙われるそうです。かなりのスピードで飛んできて、ずっと顔の周りを飛び回っているのだとか。

 アブといっても種類はいろいろ。日本には100種類ほどのアブがいます。そのうち吸血性のものは10種類ほどで、残りは花の密を主食にしたり、別の昆虫を食べたりして生活しています。また吸血性のアブでも、血を吸うのは産卵が近い雌に限られます。雄や若い雌は、樹液などを食べて暮らしています。

 吸血性のアブは、棲んでいる場所で大きく2つのグループに分けることができます。牧場や民家の近くに棲んでいるグループと、山奥の清流周辺に棲んでいるグループです。前者の代表はヤマトアブと、ウシアブやアカウシアブなどで、名前の通りウシなどの家畜を主なターゲットにしています。後者の代表はイヨシロオビアブやキンイロアブです。登山や渓流釣りで問題になるのは、こちらのアブです。

■吸血が目的のアブはハチより厄介

 アブはハエの仲間で、ブヨも“親戚”に当たります。吸血性のアブはハエよりも大きく、長さは2cm前後、大きいものでは3cm近くあります。またアカウシアブは黄色と黒の縞模様で、見た目がスズメバチによく似ています。スズメバチのような毒は持っていないのですが、吸血が目的だけに、むしろ厄介かもしれません。スズメバチはじっとしていれば飛び去っていきますが、アブは平気で寄ってきて血を吸おうとします。手で追い払ったくらいでは諦めず、かなりしつこく付きまとってくるのです。

 アブは「刺す」と言いますが、実際はもっと複雑です。獲物にたかると、まず口器の奥に潜ませたナイフのような大顎と小顎を露出させ、いきなり皮膚に突き刺します。大顎は鎌状に湾曲しており、小顎はほぼ真っすぐ、それぞれ長さは3~4mmといったところです。それらが前後に並んでいて、突き刺すと同時にハサミのように閉じて、皮膚を切り裂くらしいのですが、詳細が書かれた文献が見つかりませんでした。ただ結構深い傷になるため、確実に出血します。それを唇ですするのです。

 皮膚を食い破るという吸血の方法は、ブヨとよく似ています。ただしブヨの唾液には鎮痛成分が含まれているため、刺された直後はほとんど痛みを感じません。ところがアブにはそんな気遣いが一切ないため、咬まれた瞬間にチクっと結構強い痛みを感じるそうです。その点、ブヨのほうがまだ優しさがあります。

 アブに刺されると数時間後に赤く腫れ、強い痒みが出てきます。普通は2~3日で腫れも痒みも治まりますが、人によっては1週間以上続き、水ぶくれができたり、化膿することもあります。痒みの原因はアブの唾液なので、刺されたらポイズン・リムーバーで吸い出し、きれいな水でよく洗って、抗ヒスタミン軟膏などを塗るのが、応急処置の定番です。

 アブが体に取りついて吸血しているのを見つけたら、迷わず手で叩いて潰してしまえ、とネット記事に書かれていました。しかし初めての人には、かなり勇気が必要かもしれません。それよりは、最初から忌避剤を使ったほうがマシでしょう。 ディート(DEET)入りの虫除けスプレーが効果的です。ディートは太平洋戦争のジャングル戦で、蚊の被害を防ぐためにアメリカ軍が開発した薬剤です。殺虫性はありませんが、蚊だけでなく、ブヨやトコジラミ、さらにマダニやヒルなど昆虫以外の毒虫にも、強い忌避効果を発揮します。1950年代から民生用としても使われ始めたのですが、これを上回る薬剤がいまのところ見つかっていないため、いまでも世界中で使われ続けています。

 ディートがなぜ虫を寄せ付けないのか、その理由はまだよく分かっていません。しかし、毒虫たちのセンサーを攪乱して、人の位置を分からなくするらしい、と言われています。

 日本では2015年までは濃度10%以下のものしか使えなかったため、アブにはあまり効かなかったようです。ハッカ油のほうがずっといいという人もいます。しかし2016年から、最大30%まで濃度を上げることが認められました。釣り好きの友人は、かなり効くようになったと言っていました。アブに限らず他の虫たちにも有効なので、アウトドアに1本持っていくと安心です。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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