健康寿命という点では「実家通いの就職」が男子の勝ちパターン 医療情報学教授が語る

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ
所得格差は健康格差③

 いまの大学生で気になることのひとつは、就職先として、実家から通える会社を希望する男子が増えていることだ。

 私が勤めているような地方大学では、地元の会社は数も業種も限られているため、学んだことを生かそうとすれば、東京や大阪、名古屋などの大都市に出るしかない。もちろん、そうする学生はいまでも大勢いる。しかし、学んだことを生かせなくても、あえて地元企業を目指す男子が増加傾向なのである。

 まず経済的理由が考えられる。

 実家から出て、都会で暮らそうとすると生活水準が確実に下がる。独身寮がある会社ならまだしも、自分で部屋を借りるとなれば、家賃・光熱費・スマホ通信料だけで、給料の半分以上が飛んでしまう。実家にいれば、家賃も光熱費もネット代もかからない。家にいくらか入れるにしても、金額はたかが知れている。中には、実家通勤なら親からクルマを買ってもらえるという学生もいる。これではなかなか都会に出ようという気が起こらないはずだ。

 それだけでなく、実家暮らしは健康面でのメリットも大きい。慣れない都会で1人暮らしとなれば、ストレスがたまるし、食事や生活が不規則になる。とくに入社数年間は給料が低いため、食費を節約せざるを得ず、栄養が炭水化物と脂質に偏ってしまう。

 大阪大の1人暮らしの学生が、実家通いの学生よりも太りやすいとの調査結果と同じだ。実家にいれば、栄養バランスを心配する必要もない。

 また、早く結婚する気がない男子にとっては、なおさら実家暮らしが有利になる。

 厚生労働省の人口動態調査を見ると、1人暮らしの独身男性は、妻帯者と比べて、早く死ぬリスクが明らかに高いことが分かる。妻がいる男性の死亡のピークは85~89歳。だが未婚者に限れば70~74歳だ。

 1人暮らしの未婚者の平均寿命は公表されていないが、男性全体の平均寿命(82歳)よりも数年(あるいは10年近く?)は短いと考えたほうがいいだろう。またそれだけ、生活習慣病などにかかりやすいと考えられる。

 国立社会保障・人口問題研究所によれば、男性の生涯未婚率は、2020年においてすでに25.7%に達しており、今後さらに上昇し続けるという。

 また東京都監察医務院のホームページには、都内で発生した孤独死の統計が掲載されている。単身者が、自宅で、誰にも看取られずに、病気などで亡くなることが孤独死だ。2019年には5554人(男性3868人、女性1686人)が都内で孤独死した。しかも年齢のピークは65~74歳だった。

 もちろん、結婚しないまま実家暮らしを続けていれば、親が先に亡くなり、最後は自分ひとりになってしまう。とはいえ、いまどきの高齢者、とくに母親は元気で長生きが多い。50代や60代の息子に食事を作り続けている母親も、少なくない。そのため息子のほうは、かなり年配になるまで家事から解放され、バランスのいい食事を取れ、しかも家賃や光熱費も安く(家庭によってはタダで)済む。実家を建て直して、その費用まで親任せという独身息子も少なくないらしい。

 それでも親は、息子の面倒を見なければならないので、気が張って、元気に生活できる。また息子は、将来的に親を介護し、看取ることになるから、自分の体調や健康には単身者よりも気を使うはずだ。こうしてウィンウィンの関係が成り立ち、親子とも長生きできるわけである。

■女性の健康リスクは結婚に左右されない

 そういうことを考えると、所得が低く抑えられているいまの時代、実家から通える会社に入るのが、男子にとっては健康寿命という点では勝ちパターンと言えそうである。

 経営者や人事担当者は、いまや人材も地産地消の時代に入りつつあると思ったほうがいい。

 ただし女性に関しては、こういうシナリオは成り立たない。というのも女性は結婚していようと独身であろうと、死亡リスクや健康リスクがほとんど変わらないからだ。東京都監察医務院のデータでも、女性の孤独死は男性の半分だし、人口動態調査でも、未婚女性の死亡曲線は夫と暮らす女性とほとんど変わらない。

 その意味で、大企業は女性の活用をもっと積極的に行っていく必要があるだろう。男子は地元で、女子は都会で活躍する。それがこれからの大学生の就職パターンになっていくのではないだろうか。

 その結果、男女の所得が逆転し、女性はさらに長命になり、逆に男性の平均寿命は横ばいか減少に転じるのかもしれない。

(永田宏・長浜バイオ大学メディカルバイオサイエンス学科教授)

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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