ガイドライン変遷と「がん治療」

乳がん<1>治療の主役は薬物療法 手術編より100ページも多い

(C)unomat/iStock

 家族が集まる年末・年始は日頃はおろそかになりがちな身内の健康について考えるいい機会だ。

 とくに気にしたいのは乳がんだ。女性がかかるがん第一位で、45歳女性の罹患率は30年前の5倍に急増しているという。家族を支える母や妻、娘や子供たちの嫁やその家族のためにも「ガイドライン変遷にみるがん治療『今と昔』」シリーズの「乳がん編」をお送りしよう。

 乳癌診療ガイドラインの初版が出たのは2004年です。当時は「科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン」というタイトルで、全5巻(①薬物療法、②外科療法、③放射線療法、④検診・診断、⑤疫学・予防)に分割されていました。「(公)日本医療評価機構」の「Minds診療ガイドラインライブラリー」で閲覧できます。

 最新のものは第5版(2018年)で「治療編(約400ページ)」と「疫学・診断編(約300ページ)」の2巻です。しかし新しい知識が増え続けているため、今年の10月に132ページの追補版が出版されました。合わせて約830ページ。最新の胃がんのガイドラインが91ページ、大腸がんのそれが128ページ、かなり分厚い膵臓がんでも257ページですから、乳がんのガイドラインの充実ぶりは破格と言っていいでしょう。

 ただあまりにも情報量が多いため、我々一般人には到底歯が立ちません。それどころか医者の間からも、「いずれ人工知能の助けが必要になりそうだ」といった声が上がり始めているほどです。そんな状況なので、ここでは主に治療について、ごく基本的なところに絞って見ていくことにしましょう。

 しかしその前に、乳がんは医者のあいだで「全身疾患」と言われているのをご存知でしょうか。大抵のがんは「局所病変」なので、他臓器への転移がなければ、局所療法である外科手術が治療の中核になります。ところが乳がんは、かなり早い時期から、目に見えない微小な浸潤や転移が始まっているらしく、手術だけでは根治しずらいのです。その意味で「全身疾患」と呼ばれているわけです。

「ならば全身療法」というわけで、乳がんの治療には、薬物療法が欠かせないものになっています。それは診療ガイドラインの構成を見ても明らかです。治療編の最初の約200ページが薬物療法に当てられており、手術はその後に約100ページ、放射線が80ページに過ぎません。また遺伝子も含めた乳がんのタイプが、薬物療法を行う際の重要な鍵になっていますが、そのため疫学・診断編でも多くのページが、薬物療法と関連した内容になっているのです。

 乳がんと診断されたら、薬物療法は避けられないと思ったほうがよさそうです。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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