全国の農薬メーカーなどで組織されている農薬工業会のホームページには、「DDTの歌」の歌詞が掲載されています。1947年に作られ、全国の小学校で振付けつきで教えられたそうです。
チン チン チフス 発疹チフス
みんな嫌いだ 大嫌い
お閻魔(えんま)さまより なお嫌い
そこで撒(ま)きましょ DDT DDT
ノンノン ノミも シンシン シラミ
みんないないよ もういない
おもてで元気に あそべます
お礼をいいましょ DDT DDT
私はこの歌を聞いたことがありません。YouTubeなどで調べましたが、該当するものは見つかりませんでした。しかし終戦直後の日本の状況や国民生活の一端が、しっかりと反映されているのだと思います。
「発疹チフス」は、リケッチアと呼ばれる、通常の細菌より小さくウイルスより大きい病原体によって引き起こされる感染症です。体中に赤い発疹ができ、高熱や頭痛にうなされ、重症化すると脳が冒されて精神が錯乱し、致死率は10~20%といわれてる病気です。終戦直後の日本では、これによって最大200万人が死亡すると予想されていました。まさにお閻魔さまより怖い病気だったのです。
それを媒介するのが「シンシン シラミ」…つまりシラミです。人間に寄生するシラミは、「ケジラミ」、「アタマジラミ」、「コロモジラミ」の3種です。アタマジラミとコロモジラミについては同種説も唱えられていますが、医学的、公衆衛生学的には、異なる種として扱われています。発疹チフスを媒介するのはコロモジラミだけです。
その名の通りコロモ、つまり衣服に寄生し、とりわけ下着の縫目などを好みます。そして腹が減ると人間の皮膚を刺して血を吸い、卵を産んで数を増やしていきます。終戦直後の日本、とくに都市部は空襲で徹底的に破壊され、衛生状態が極度に悪かったため、市民の大半がコロモジラミに寄生されていました。
その状況を救ったのが、進駐軍のDDTだったのです。老若男女が米兵から白い粉を思い切りふりかけられ、髪の毛や顔まで真っ白になっている映像が、いまでもときどきテレビなどで流れます。そこまで徹底的にやられたおかげで、コロモジラミは急速に減少し、50年代に入る頃にはほとんど見られなくなりました。また心配された発疹チフスの大流行も防げたので、DDTにお礼を言いたくなった気持ちも分かります。
このDDTですが、早くも19世紀の終わりまでに化学合成され、第2次世界大戦前には殺虫効果が確認されていました。しかし戦前は、殺虫剤といえば日本の除虫菊から抽出したピレスロイドが海外でも人気を集めており、DDTはあまり注目されていなかったのです。ところが太平洋戦争が始まって、日本からの除虫菊が途絶えたため、アメリカ軍が代用品としてDDTを使い始め、急速に広まったというのが経緯です。とはいえピレスロイドよりもずっと強力で、しかも安価に大量生産できることから、終戦直後の日本人に惜しみなく使用されたのでした。
いまやコロモジラミはホームレスなどにしか見つかりません。代わって増えつつあるのがケジラミとアタマジラミです。 ケジラミは陰毛を好みます。陰毛の付け根にしがみついて、皮膚から吸血し、陰毛に卵を産みつけます。そして宿主がセックスをするたびに、相手に乗り移って新しい住まい(宿主)を開拓していきます。
一方、アタマジラミはその名の通り頭髪が大好きです。こちらも毛の付け根にしがみついて、皮膚から吸血し、髪の毛に卵を産みつけます。頭と頭をくっつけ合ったり、帽子やマフラーを使い回したりすることで拡がっていきます。とくに子供が幼稚園や小学校でもらってくるケースが増えています。
いずれのシラミも、主な症状は強い痒みです。シラミの唾液成分に対するアレルギー反応で、蚊やノミの痒みと基本的には同じです。刺されると赤い湿疹ができ、とにかく痒いといいます。
残念ながら、ケジラミもアタマジラミも、清潔にして毎日お風呂に入っていても防げるものではありません。不特定の相手とセックスをしない、他人が着用した帽子は被らないなど、日頃から気をつけることが大切です。
寄生されてしまったら、駆除するしかありません。フェノトリンという、ピレスロイド系の殺虫成分が入ったシャンプーやパウダーが市販されています。アタマジラミにはシャンプーを使い、ケジラミにはパウダーを使うのが一般的です。普通のドラッグストアでも売っているので、心配な人は探してみるといいでしょう。
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