あなたを狙う「有毒」動物

姿を消していたトコジラミがインバウンドブームで強力復活

ツバメが運んでくることも…
ツバメが運んでくることも…

 数年前、出張で東南アジアに出かけた友人が、「現地で虫に喰われてひどい目にあった」と言っていました。夜中に強い痒みに襲われて寝られなかったようです。シーツの上に、茶色い小さなゴキブリのような虫がいたので、すぐに写真を撮って画像検索すると、「トコジラミ」と返ってきた、というのでした。

 トコジラミは、以前は「南京虫」と呼ばれていた、吸血性の昆虫です。カメムシの仲間ですが、シラミと同じくらい痒いからでしょうか、これが正式な和名になっています。ちなみに英語では「Bed bug」と言います。日中はベッドの継ぎ目などに潜み、夜中に出てきて寝ている人を刺すので、実体をよく表した呼び名だと思います。

「海外で安ホテルに泊まったら南京虫に気をつけろ」というのが、海外出張のベテランやバックパッカーたちの常識だそうです。しかしこの友人は、四つ星クラスの結構まともなホテルに泊まったのに、南京虫にやられてしまいました。

 とはいえ、おそらく以前どこかで、すでにトコジラミに刺された経験があったのでしょう。というのもトコジラミが痒いのは、他の吸血昆虫と同じ理由、つまり彼らが吸血するときに出す唾液に対するアレルギー反応だからです。

 最初に刺されたときは、まだ唾液に対する免疫ができていないため無反応。何度か刺されているうちに次第に免疫が強化され、アレルギー反応が強まって痒さが増してきます。つまり友人は、過去に気づかぬうちに何回か刺されていて、今回ようやく強いアレルギー反応が出たのだと思われます。

 ちなみに刺された回数が少ないと、遅延反応(刺されてから数時間ないし1日以上後から症状が表れる)が主ですが、回数が増えてくると即時反応も出てくるといいます。皮膚反応もあり、広範囲にモヤっと赤くなる人や、きっちりと輪郭を持った発疹ができる人、小さなブツブツが多数できる人など、多彩です。

 ただトコジラミは、知られている限りでは病原菌やウイルスを媒介することはないとされていて、その点だけは安心してよさそうです。

 今世紀に入ってから、日本のホテルでも被害が出るようになってきました。トコジラミはもともと日本にも定着していたのですが、手軽に使える殺虫剤の開発と普及が進んだおかげで、1970年代以降はほとんど見られなくなっていました。ところがコロナ前のインバウンドブームに乗って、荷物などに紛れて海外から入ってくるようになったのです。

 ホテルなどでトコジラミの侵入を許してしまうと大変です。繁殖力が強いうえに、小さくて動きが速く、さらに普通の殺虫剤に耐性を持ったものまで登場してきたので、素人ではなかなか太刀打ちできません。専門業者に頼んで、徹底的に駆除してもらう必要があります。

■新型コロナで激減の外国人観光客に代わりツバメが運んでくる

 一昨年までは、東京五輪を契機にトコジラミの被害が一気に広がるのでは、と危惧する声が上がっていました。世界中から何十万人もの観光客が東京に押し寄せたら、トコジラミの入国を防ぎようがありません。被害者が続出すれば、南京虫ならぬ「東京虫(トンキンムシ)」のウワサが世界中に発信されてしまうでしょう。しかし、新型コロナの影響でその懸念はなくなりました。

 ところが思わぬ伏兵がいることが分かってきました。トコジラミの海外からの持ち込みは、人間だけに限られているわけではありません。ツバメが運んでくることもあるのです。

 ツバメには、ツバメトコジラミという種類が寄生しており、人間からも吸血することが確認されています。数年前、ある病院でツバメトコジラミの大量発生があり、調査の結果、外壁に作られたイワツバメの巣から侵入してきたことが確認されるという出来事がありました。

 しかしツバメは野鳥保護管理法で守られていますから、抱卵・育児期間中は、勝手に巣を撤去することが許されていません。いちいち都道府県知事に申請する必要があります。この病院では14個の巣を撤去し、そのすべてからツバメトコジラミが検出されたそうです。またアメリカのアリゾナ州のある病院で、ツバメの巣からトコジラミとダニが院内に侵入し、入院患者の17%が刺されといった事例が報告されています。

 野鳥の中でもツバメは愛されキャラの代表格ですが、やはり野生動物であり、有害な虫が寄生していることを忘れてはいけないでしょう。また気づかぬうちにツバメトコジラミに刺されている人が相当数いる可能性があります。

 そのことに関連して思い浮かぶのが、昨今のSDGsブームです。「生物多様性」や「生態系の保護」を目標のひとつに掲げていますが、ツバメを含めた野生生物の保護はいいとしても、その付録として面倒な昆虫たちもついてくるわけです。そういうこともひっくるめて、SDGsをどこまで本気で推進するのか、一度じっくり考えてみるのもいいことだと思います。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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