大学生の体格からみる「所得格差は健康格差」医療情報学教授が語る

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ
所得格差は健康格差①

 昨年、大阪大学から興味深い研究が発表された。2007年から15年までに、大阪大に入学した学生約2.6万人の毎年の健診結果を調べたところ、自宅から通学している学生と、ひとり暮らしの学生では、体重増のリスクが異なっていたというのである。

 たとえば、在学中に体重が10%以上増加するリスクは、自宅通学を1とすると、男子で1.24、女子で1.76だった。ひとり暮らしの女子は、かなり太りやすい傾向にある。

 体重増には、夕食の頻度が影響しているらしい。ほぼ毎日夕食を食べている学生と比べて、そうでない学生のほうが、男女とも太りやすいという。ひとり暮らしのほうが、自宅通学者よりも食事が不規則になりやすい。BMIが25以上に増えるリスクは、男子1.18、女子1.67だった。「BMIが25以上」とは、身長150センチなら体重57キロ以上、160センチなら64キロ以上だ。

 これらの結果は、コロナ禍より前のデータによる。20年から21年にかけて、多くの大学が閉鎖されていたため、実家に戻った学生も多かったはずだ。しかし中には、最近まで帰省しなかった(できなかった)学生もいるだろう。大学の授業はほとんどがオンラインになっていたので、外出や運動の機会が減り、自室にこもってパソコン相手の生活を強いられた。

 そんな学生は、当然太りやすくなったに違いない。コロナでしばらく帰省しなかった大学生の息子や娘が、久しぶりに帰ってきたら体がひと回り大きくなっていた、といった経験をお持ちの親も少なくないだろう。人間的にも大きくなっていれば、言うことはないのだが。

 とはいえ、まだ若いので、多少太ったからといって、健康上の問題がすぐに生じる心配はほとんどない。それにBMI25程度なら、いわゆる“ちょいメタボ”の範疇なので、むしろ健康的と言っていい。

■経済低迷がもたらした異変

 むしろ心配なのは、若者の体格が貧弱というか、華奢になる傾向が見られることではないだろうか。というのも、ここ10年ほどの間に、新入生が小柄になってきたと感じることが増えたからである。これは私だけが抱いている感覚かもしれないが、他大学に勤めている友人・知人の中にも、同じことを言う者が何人かいる。男子も女子もスマートになり、とくに女子では、身長が低い学生が増えた感じがするのである。

 そこでスポーツ庁(文部科学省)の「体力・運動能力調査」を眺めていくと、それらしい兆候が認められた。過去10年間のデータを見ると、大学1年生(18歳)の平均身長は、男子では12年がピークで171.72センチあったのが、年々少しずつ減って、20年には171.05センチになった。女子も同様で、12年の平均が158.69センチだったのが、20年には157.9センチに縮んだ。

 体重を見ると、男子は12年に62.72キロだったのが、20年には61.12キロに減った。女子は16年がピークで51.37キロだったが、20年には50.59キロだった。いずれもわずかな違いだが、平均値でそれだけ減るということは、小柄な学生が少しずつ増えてきたことを意味している。私が抱く感覚も、あながち間違ってはいないのではないだろうか。

 20年の新入生が生まれたのは、02年である。この年の2月から08年2月まで、日本経済は戦後最長の景気拡張期となる「いざなみ景気」を迎えた。しかし、これはバブル崩壊に伴う不良債権処理の加速と輸出依存によるもので、賃金が伸びず、実感なき景気拡大だった。

 その前後から「食育」という言葉がはやりだしたのを、記憶している方も多いと思う。孤食や偏食、朝食を抜く子供たちが増え、社会問題化したのである。これを受けて、政府の「第1次食育推進基本計画」が策定されたのは、06年のことだった。それがずっと続いており、昨年は「第4次食育推進基本計画」が発表された。ということは、逆に食育がうまくいっていないのかもしれない。

 またほぼ同時期に「子供の貧困」が叫ばれるようになった。貧困と言っても、食事に事欠くような家庭はまれで、「所得格差の拡大」と言ったほうが的を射ているのだが、学校の給食費すら払えない家庭もジワジワと増えているらしい。家でも、栄養のある食事を十分に食べていない可能性がある。

 そういう子供が増えているのだから、大学の新入生も、この先何年にもわたって、体格の低下が続くのは必至である。

 さらにそれが、10年後、20年後の日本人の新たな健康問題の火種になるかもしれず、先行きが不安である。

(永田宏・長浜バイオ大学メディカルバイオサイエンス学科教授)

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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