脳神経外科医はなぜがんの「ハイパーサーミア療法」に興味を持ったのか

高周波局所ハイパーサーミア治療器(提供写真)

 いまやがんは入院して痛みを抑えながら死を待つ病気ではない。在宅で通院しながら治す時代だ。実際、国立がん研究センターが2021年に公表した、24万人のがん患者の10年生存率は59・4%に上昇。前立腺がん(98・7%)のように治るがん種も増えてきた。しかも、定年延長でがん世代がより長く働くようになったうえ、乳がん・子宮頸がんなど若い女性のがんが急増したことで、働きながらがんと戦うのが一般的になっている。2005年にはがんの外来患者数が入院患者数を上回っており、がんの治療は通院にシフトしている。そんな通院がん患者をサポートする病院では近年「ハイパーサーミア療法」が注目されているという。神奈川県相模原市の「相武台脳神経外科」の加藤貴弘院長に聞いた。

「ハイパーサーミア療法とは、がん細胞が42・5度以上の熱に弱いという性質を利用してがんを治療する方法のことです。しかし、温水などでは体表面は熱せられても体の奥底に潜むがんの塊まで熱を上げることはできません。そこで登場したのが高周波局所ハイパーサーミア治療器です」

 高周波ハイパーサーミア治療器は、がん患者の体を一対の電極盤ではさみ、その電極間に高周波を流すことによってジュール熱を発生させ、患部にあるがんの塊の温度を上昇させる治療法のこと。

 この治療法が優れているのは、がん細胞にダメージを与え、正常細胞に損傷を与えないことだ。正常細胞は高熱になると、周囲の血管が膨張して血流を速く大量に流すことで細胞を冷却する。ところががん細胞の回りは新生血管と呼ばれるもろい血管で覆われているため、それができない。結果がん細胞だけが死滅する。しかも、がんの塊の内部は酸素が乏しく熱に弱い。がんが大きければ大きいほどその効果は絶大だ。

「しかも、細胞を温めることで抗がん剤の取り込みを容易にするだけでなく放射線の増感作用も亢進します。免疫細胞も刺激するために自分自身の力でがんを攻撃するという利点も得られます」

 ハイパーサーミアをがん3大治療である、「手術」「抗がん剤」「放射線」と併用することでがんに打ち勝つ可能性が高くなるというわけだ。

 治療も簡単だ。患者は加熱する部分の服を脱ぎ、身に着けている金属物を外し治療テーブルに横たわるだけ。あとは患部に上下電極が装着され、40~60分後には治療終了だ。その効果は抜群で、治療が難しいとされる播種(がん細胞が種が播かれたようにお腹の中に散らばっている状態)の胃がんを治したり、人工肛門が避けられない、進行直腸がんに対しても抗がん剤や放射線といった標準治療に温熱療法を加えることで治ったケースも報告されている。

相武台脳神経外科の加藤貴弘院長(提供写真)

 費用と副作用はどうか。

「以前は放射線治療と併用の場合のみ健康保険が使えましたが、温熱治療単独でも効果が認められることから1996年より単独使用でも健康保険が使えることになりました。副作用としては皮下脂肪に硬結が生じ、痛みの原因となる場合があることです。ただし、多くは1~2週間で消失し、後遺症も残りません」

 つまり、がん専門病院で3大治療を終えたがん患者にとって、手軽さ、効果、副作用の軽さ、費用において手を伸ばしやすい治療法のひとつなのだ。

 それにしても脳神経外科の病院がなぜ、がん患者を診ているのか。

「当院は脳卒中予防を目的に設立しており、脳卒中というのは生活習慣病であることがほとんどです。手術で脳卒中を治したとしても長期的に考えればその原因となる生活習慣や体質を変える必要があります。そのため患者さんと日々模索してきました。がんにも生活習慣病という側面があり、当院でも、生活習慣によるがんに対しての何かしらのアプローチができるのではないかと考えたからです」

 がんとは、見えている部分のがんを取り除いたとしても、がんになりやすい体質というのは残っている。抗がん剤治療や手術治療で長期戦になればなるほど、ここに対してのアプローチというのがとても大切なポイントになるのだと、加藤院長は言う。

「ところが、今の保険診療では間違った生活習慣で得られたがん体質を改善するための公的医療保険点数がほぼかけられておらず、今の医療は体質改善に目が向けられていません。長期戦ということを考えると、私は高濃度ビタミンC点滴療法というのも良いと思いますし、ハイパーサーミアも長期戦をサポートするツールとして良いと考えています。今の医療の盲点となっている体質改善という部分をターゲットとする治療を私たちはプッシュしていきたい。その思いでハイパーサーミア療法を当院で取り扱わせて頂いているのです」

 ハイパーサーミアは働くがん患者の新たな武器。ぜひ知っておきたい。

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