独白 愉快な“病人”たち

境界悪性腫瘍で卵巣を摘出 フリーライター野原広子さん「手術前の説明がきつかった」

野原広子さん(C)日刊ゲンダイ
野原広子さん(65歳/フリーライター)=境界悪性腫瘍

 卵巣摘出手術を受けたのは昨年10月4日でした。春ごろからなんとなく太ってきたというか、お腹が膨らんできた違和感があって、何だろうと思っている間に尋常じゃない大きさになってきたので、8月に区の婦人科検診に行きました。そこで「卵巣が12センチに腫れています」と指摘され、婦人科病院で改めて検査すると次は大学病院を紹介され、その大学病院で「卵巣がんの疑いがあります」と告げられたのです。

 この年齢になったら、婦人科系の病気とは縁がなくなるものと勝手に思い込んでいたから、あまりにも予想外で、珍しく「この先、自分にはあまり時間がないのかも……」と思って一晩落ち込みました。

 8月22日に大学病院に行き、9月30日に入院するまでの1カ月はまさに検査漬けでした。CT、MRI、PETなど、何でこんなにいくつも検査するのだろうと思ったほどです。ただ、それは卵巣腫瘍以外の病気の可能性を潰していく作業でした。そうした中で「境界悪性腫瘍」の可能性が浮上してきたのです。境界悪性腫瘍は、簡単に言えば良性と悪性の中間に位置づけられる腫瘍で、悪性腫瘍と共通の病理形態的な所見が認められるものの、悪性を悪性たらしめる浸潤などの重要な所見を持たない病変らしいのです。途中、「初期の卵巣がん」と言われたりもしましたが、結果的には「切ってみないとわからない」ということで腫れた卵巣を摘出する手術をすすめられました。

 手術の日は手術室まで歩いて行き、自らよっこらしょと手術台に乗るという経験をしました。卵巣摘出に異論はありませんでしたが、ひとつ気になったのは麻酔明けに発するうわごとでした。たいていの人がうわごとを言うそうなので、「変なことを言ったら嫌だな」と思ったのです。それで、麻酔の先生に「多幸感のある麻酔があると聞いたんですけど、あります?」と、小耳に挟んだ情報について聞いてみました。すると「ありますよ」と言うので、それをお願いしました。リラックスさせるためのジョークだったのかもしれませんけど、これが後から幸運をもたらしてくれるのです。

■「大間のマグロが食べたい」

 手術数日後、唐突に看護師さんから「野原さんってマグロ好きなの?」と聞かれました。どうやら私は例のうわごとで、「大間のマグロが食べたい」と口にしていたようです。私は元気がないときによくデパ地下に行き、一塊数万円の大間マグロを睨みつけて「いつか食べてやる!」と心に誓って帰ってくるということをしていました。きっと、それが出てきたんでしょう。退院の日、それを知った弟が迎えにきてくれたその足で築地に連れて行ってくれました(笑)。

 ほかにも、入院体験を記事にしたところ「退院祝いに」と知人から大間のマグロが自宅に届いたり、最近はやけにお寿司屋さんへのお誘いが増えました(笑)。

 肝心な病理検査の結果は、やはり完全に境界悪性腫瘍でした。リンパを取ることもなく、抗がん剤も放射線も必要なし。主治医がその報告をしてくれたとき、本当にうれしそうな満面の笑みだったので、初めて「がんがあるかないかって、こういうことなんだな」と身に染みました。

 というのも、私、保険に2つ入っていて、もしステージ0でもがんと診断されていたら300万円が手に入ったのです。私はそのチャンスにすっかり目がくらんでいたけれど、主治医が心底喜んでくれているその笑顔を見た瞬間、「300万円? どうでもいいわ」と目が覚めました。

 今振り返ってもきつかったなと思うのは、手術前に先生から受けた説明です。ひとりでは受け止められないくらい、ありとあらゆる可能性を次々と聞かされてへこみました。たとえば、「もしも卵巣と腸が癒着していたら腸を切るかもしれない」とか、「そのときにもし便がお腹の中に広がったらこういった手術になります」とかね。でも、よく見るとそれが起こる確率は1%と書いてあるのです。

 病院にはリスクを告知する義務があるんでしょうけど、「そこまで患者が知りたいか?」と言われると、少なくとも私は聞きたくなかった。病室に戻って同室の人に「まいった」とグチったら、「ああ、あれね~」と皆さんうなずいていたから、きっとみんなそう思っているんじゃないかな。

 病気をしてつくづく「自分では自分の体のことがわからない」と気づきました。普段、体はこの1体でワンセットと思っているけれど、じつは部位ごとに個性があって、自分では決してコントロールできない得体の知れないものが入っているんですよね。

 あれから2カ月ちょっとがたち、最近、リンパマッサージとタイ式マッサージに通い始めたら、なんとなく調子がよくなりました。おかげさまで闘病の原稿もたくさん書かせていただいたので、フラッと入った宝石屋さんでダイヤのアクセサリーを3つも買ってしまいました(笑)。

(聞き手=松永詠美子)

▽野原広子(のはら・ひろこ) 1957年、茨城県生まれ。専門学校卒業後、雑誌編集者を経てフリーライターになる。ダイエット企画や富士登山など体当たり取材が人気。著書に自らのダイエット体験をつづった「まんがでもわかる人生ダイエット図鑑──で、やせたの?」(小学館)などがある。

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