高松さんは現在、自宅から電車で、勤務先である神奈川県立金沢養護学校に通勤している。
途中、電車の窓から、入退院を繰り返していた横浜市立大学付属病院が視野に入る。
「思い出しますね。でも骨髄移植からもう4年が経過し、合併症を心配する期間も過ぎてホッとしています。入院中、私は毎日、日記をつけておりまして、今、懐かしく読み返して泣いたり、笑ったりしています」
14年1月、入院して間もない時期の一節がある。
「プリンくいてえ、ゼリーよこせ だんな、せっせと届けてくれた。ありがとう りんごくいてえ~ どこか食べやすくむいてくれた おいしい~」
末期がんからの生還者たち