母親によれば、最初は息子もやさしかったそうである。言い間違えても、そっと慰めてくれた。ところが、それが何度も続くうちに、「変なこと言うなよ」とか「しっかりしろよ」などと言うようになった。
「昔は優しい息子だったんだけどね。私は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな怖い息子になったんだろう」とつぶやいた。
ある時、ムシャクシャしたので、外に出て歩いたら気分はすっきりしたという。
「風が気持ちいいわよ。嫌なことはみんな忘れるの。今日みたいに天気のいい日はきっと気持ちいいわね」
乙女のように言った。
ただ、外に出たのはいいが、帰り道がわからず迷ってしまったのである。本人は目的があって家を出たつもりだが、帰れなくなると世間は「徘徊」という。
もっとも翌日になると迷ったことも忘れるから、嫌な時は気分をリセットするために、たびたび家を飛び出すようになったようである。
これで認知症介護は怖くない