これで認知症介護は怖くない

認知症の当事者は本当に「あてもなく」歩くのだろうか

写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 母親によれば、最初は息子もやさしかったそうである。言い間違えても、そっと慰めてくれた。ところが、それが何度も続くうちに、「変なこと言うなよ」とか「しっかりしろよ」などと言うようになった。

「昔は優しい息子だったんだけどね。私は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな怖い息子になったんだろう」とつぶやいた。

 ある時、ムシャクシャしたので、外に出て歩いたら気分はすっきりしたという。

「風が気持ちいいわよ。嫌なことはみんな忘れるの。今日みたいに天気のいい日はきっと気持ちいいわね」

 乙女のように言った。

 ただ、外に出たのはいいが、帰り道がわからず迷ってしまったのである。本人は目的があって家を出たつもりだが、帰れなくなると世間は「徘徊」という。

 もっとも翌日になると迷ったことも忘れるから、嫌な時は気分をリセットするために、たびたび家を飛び出すようになったようである。

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奥野修司

奥野修司

▽おくの・しゅうじ 1948年、大阪府生まれ。「ナツコ 沖縄密貿易の女王」で講談社ノンフィクション賞(05年)、大宅壮一ノンフィクション賞(06年)を受賞。食べ物と健康に関しても精力的に取材を続け、近著に「怖い中国食品、不気味なアメリカ食品」(講談社文庫)がある。

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