独白 愉快な“病人”たち

ケガは気力でなんとかなる…でも…元プロレスラーの府川唯未さん甲状腺がんとの闘い

元プロレスラーの府川唯未さん(本人提供)
府川唯未さん(元プロレスラー/47歳)=甲状腺がん

 甲状腺がんの初期は、自覚症状があまりないと言われます。私もまさにその通りでした。

 2016年6月ぐらいにたまたま寒冷地で体調を崩して、首に痛みを感じながら帰宅しました。夜には発熱もあったので翌日かかりつけの病院に行ったところ、エコー検査で「黒い影が見える」と言われ、大きな病院を紹介されました。

 改めて調べ直したら、右側の甲状腺に3センチほどのしこりがあり、細胞を採って検査した結果「悪性」とわかりました。甲状腺は喉にある蝶の形をした小さな臓器です。ちなみに医師に確認したところ、首の痛みは関係ないものでした。だから、がんがわかったのはまったくの偶然。あのとき首が痛くなかったら……と思うと恐ろしいです。

「甲状腺がん」と告げられたときは、すぐには事態をのみ込めませんでした。「え?」と驚きながら、真っ先によぎったのは子供たちのことです。当時、上の子は小学6年生、下の子は幼稚園。「どうしよう」と思いました。でもすぐに「悪いものは取るしかない! 私には子育てという仕事があるんだから」と切り替えられました。

 以前、飼い犬2匹をたて続けになくしてペットロスになったときも、私を奮い立たせてくれたのは子供の存在でした。「この子たちのために生活を回さなくちゃ」と頑張れたのです。子供の存在ってすごいなと、今回も痛感しました。

 治療法は手術以外の選択肢はありませんでした。入院は5日間。子供たちのことを思うと5日でも心配でした。でも、主人のサポートもあって家族みんなで乗り越えようと一致団結。私が入院している間、上の子が妹のお弁当を作ってくれたり、絵本の読み聞かせをしてくれたりしたようです。母がいないことで妹が元気をなくさないように頑張ってくれたのです。後日、「12冊も読まされた」と言ってました(笑)。

 甲状腺がんの中でも乳頭がんは最もポピュラーで、医師から「比較的予後がいいので、そんなに心配しなくても大丈夫だと思う」と言われました。それでもがんはがんなので、転移も含めて心配は今でも尽きません。

 現役時代は、ケガでたくさん手術を受けてきましたから、手術は怖くはなかったのですが、がんは別物ですね。

 ケガは基本的に気力でなんとかなる。骨折なら骨がくっつけばいいし、痛みに耐えるのがメインですけど、がんという病気は、見えないものとの闘い。その違いは大きかったです。

元プロレスラーの府川唯未さん(本人提供)
大きな声を出すとかすれるようになった

 手術で切除したのは、甲状腺の右側部分です。「すぐそばに声帯があるので、術後に声が出なくなることもないとはいえない」と言われていました。でも、術後は気づいたらしゃべっていて、声も変わっていませんでした。

 ただ、大きな声を出すとかすれるようになったとは感じています。たとえば、室内プールで子供たちに聞こえるように大声を出していると、帰る頃にはちょっとハスキーになっていたり、カラオケで1曲思い切り熱唱すると、次の曲は歌えなかったり……。たまにラジオパーソナリティーをさせていただいている番組で、6時間の長丁場だったりすると、普通にしゃべっているだけで声が出しづらくなります。他の人がわかるレベルで変わるかどうかは微妙ですけど、自分の中では完全にかすれた感覚になります。でも、手術して変わったのはそのくらいです。

 甲状腺がんは進行がゆっくりなので、経過観察も10年という長期間にわたっています。初めの5年間は3カ月に1度の検診でしたが、今は半年に1回になりました。今のところ転移も再発もありません。

 甲状腺を半分取ったけれど、数値的には問題がないくらいちゃんと甲状腺ホルモンが出ていたので、最初は薬の服用はありませんでした。ただ、甲状腺が片方ない分、補おうとして「下垂体」(ホルモンの司令塔と呼ばれる臓器)が頑張り過ぎてしまうと、再発の可能性が出てくるというので、術後3年ほどしてから下垂体の働きを抑える薬をしばらく飲みました。でも数値が安定していたので、その薬も不要になり、今は何も飲んでいません。

 術後に注意するようになったのは、体を冷やさないこと。それまでは飲み物にはガンガン氷を入れていましたし、薄着で過ごすことが普通でしたが、今は薄着をやめて、飲み物は温かいものを選ぶようになりました。あとは、体にいいと教えてもらったマヌカハニーを毎晩寝る前に必ず飲んでいます。

 がんのような病気になると、絶対に悩んだり悔やんだりしますけど、そこに思いが止まっているとどんどん悪くなる気がするんです。つくづく思ったのは、元気に明るく前向きに生きることの大切さ。がんに負けないように生きるってそういうことかなと思いました。

 甲状腺がんは、気づきにくいがんです。私も症状が出てから病院に行っていたとしたら、もっと進行していたと思います。乳頭がんがすべて予後がいいとは限りません。気づきにくいがんだからこそ、定期健診に甲状腺の検査を加えてほしい。3年に1度でもいいので検査することをおすすめします

(聞き手=松永詠美子)

▽府川唯未(ふかわ・ゆみ) 1976年、神奈川県出身。93年に「全日本女子プロレス」でデビューし、アイドルレスラーとして人気を博した。2001年に現役引退。翌02年にプロレスラーの田中稔と結婚。2児の母となり、後進の指導にあたるほか、タレントや女優としても活動。長女の田中きずなもプロレスラーとして活躍している。

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