独白 愉快な“病人”たち

始まりはK-1時代 角田信朗さんは過食症に10年悩んだ

現在はボデイービルダーとして活躍(C)日刊ゲンダイ

 ルール作りから出場交渉、専門家が作るような契約書の作成、競技管理まで、あらゆることが自分にのしかかってきました。しかも、できて当たり前だと思われていたんです。そんな無理難題を押し付けられても、やってのける自分がまた好きでしたが(笑い)。

 そのころ、尊敬する館長(石井和義氏)に「日本は真夜中でもアメリカは真っ昼間だ。世界は動いているんだよ」と言われ、ファクスを買わされました。朝10時から夜10時までは会館で仕事をして、深夜12時ごろに自宅に帰ってやっと食事して寝るころには、海外からファクスがカタカタ流れてくるわけです。で、目が覚めてそれを読むと「この金額じゃ試合は受けられない」といった内容。慌てて館長に電話すると、「なんや、こんな時間に!」と怒られるわけです。自分が「世界は動いてる」って言ってたのにですよ。そりゃ、過食しますよね(笑い)。

 当時は電子メールがまだなかったですから、四六時中ファクスの音に悩まされました。面倒くさいことはみんな私のところに来るんです。最終的には「選手のビザが下りないから、おまえが行け」といわれ、“なんで俺が?”と思いながら現地へ飛んで、ビザ取得のために奔走したこともあります。

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