「多死社会」時代に死を学ぶ

医療が関わる介護ケア

東京都済生会中央病院元副院長の石飛幸三医師(C)日刊ゲンダイ

 Aさんを車椅子に移し、スタッフはAさんの手を支えて缶ビールを持たせ、口元に寄せてみた。すると、口の周りに泡を付けながら、ゆっくりと飲み始めたという。

 6年ぶりのビールである。Aさんは飲みながら何の感情も表さなかったそうだが、「長い時間をかけて1本の缶ビールを飲み干したことに衝撃を受けました。ああ、Aさんはこの6年間、心底ビールを飲みたかったんだなと思いましたね」と、石飛医師は言う。

 もしAさんが病院に入院していたら、アルコールを飲ませるなど決して許されなかったはずだ。

 老人ホームの常勤医師として、石飛医師は病院が眉をひそめるような、こうした出来事を日常的に体験しているという。

「病院や医師は病気を治すことが目的であり、使命です。それは私も医師としてよく理解しています。医師という科学者のはしくれとして、死とは何かも説明することができます。ですが、病院、医師という医療の現場で、死に向かう患者の心も支える必要がある時代が来ているのではないでしょうか。それが哲学や宗教も加味するのかもしれません」(石飛医師)

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