また、米国でも85年から90年ごろに医療訴訟の問題がクローズアップされはじめ、94年にはダナ・ファーバーがん研究所で、予定量の4倍もの抗がん剤を投与されていた医療ジャーナリストが死亡、元小学校教師が心不全を発症する事故が起こりました。これを契機として、医療機関の審査格付けを行う医療施設評価合同委員会(JCAHO)や米国医師会(AMA)は、医療過誤防止のためには組織的・体系的な取り組みが必要だとして対策が強化され、米国連邦政府による医療事故防止施策の実施につながっていきます。
■医療事故が相次いだ日本でも整備が進んだ
日本では、99年に相次いで起こった医療事故が、医療安全の重要性を広く認識させたといわれています。同年1月、横浜市立大学医学部付属病院で2人の患者を取り違えて手術を行うという事故が起こりました。続く2月には都立広尾病院で抗凝固薬と取り違えて消毒液を点滴し、患者が死亡する事故が発生しました。 こうした事故をきっかけに、厚労省は2001年から「患者の安全を守るための医療関係者の共同行動(PSA)」という総合的な医療安全対策を推進し、医療機関の安全管理体制が整備されていくのです。
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