医療だけでは幸せになれない

なぜ、感染症と高血圧の治療効果を同一に語ってはいけないのか

渋谷のスクランブル交差点を行き交う人たち(C)共同通信社

 それが感染症になると、話が違ってくる。治療しなければ感染をさらに周囲に広げるリスクがあるために、高血圧では緩くとらえられがちな社会への影響を、感染症では真っ先に重視しなければならない。

 高血圧では、「ランダム化比較試験の結果で脳卒中が予防できる」といわれても、患者個人が「薬を飲まない」と判断することは困難なことではない。実際、患者から「降圧薬を飲んでも5年間で6~7%は脳卒中になるわけだし、飲まなくても10%が脳卒中になるくらいなら、降圧薬はいりません」と言われたら、その通りだというほかない。患者は医療を受ける権利だけでなく、医療を受けない権利もある。

■脳卒中は感染しないがコロナは感染する

 しかし、感染症ではそうはいかない。マスクにしろ、ワクチンにしろ、それを使うことは自分自身が感染しないというだけでなく、自分自身が感染源にならないという、公共性の問題にかかわる。個人への効果より、集団への効果が重視されるのである。10%の感染を6%に減らすという効果も、国全体で考えれば、何千万人の感染を防ぐということになる。マスクやワクチンに少しでも効果があるのなら、そこには個人での効果はさておき、集団に対する効果を優先するほかない。

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名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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