介護の現場

「自宅で面倒を見続けたら、私たち夫婦は破綻すると思いました」

 わがままもそうだが、もっとも苦労したのは排泄の処理だった。居間、寝室、応接室、キッチン、どこの部屋でもドアを開けると、その場所がトイレと勘違いして排泄をしてしまう。

 家中に漂う悪臭。きれいに清掃し、汚したパジャマを着替えさせ、風呂に入れるという介護が一日に2回、3回と続く。

 石尾さんのご主人も一流商社の定年退職組で、高額な年金支給があり経済的には不安はない。

 退職後はカルチャーセンターなどに通ってフランス語や書道を習っていた。だが、父を介護する石尾さんの苦労を見て、すべての趣味をあきらめた。

 毎日の風呂、トイレ、3度も4度も要求してくる食事。すでに家での介護は限界を超えていた。

「老人ホームに入れましょう」と決断し、父を説得するまで半年間を費やした。月の入居費は約30万円弱。半ばダマすような格好で老人ホームに連れていった。個室のベッドに寝かせて静かに帰ろうとすると、父はパジャマ姿のまま、夫婦の後を追ってきたという。

「寂しい思いがありました。でもこのまま、自宅で父を介護し続けていたら、私たち夫婦も破綻すると思ったのです」

 自らに言い聞かせるかのように石尾さんは強い口調でそう語った。

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