医療だけでは幸せになれない

研究結果と個人の実感の差「予防のパラドックス」はなぜ起きるのか

(C)日刊ゲンダイ

■予防効果は全体対策の方が良い

 全住民の中で糖尿病や肥満、基礎疾患を持つなどハイリスク患者が30%だったとしよう。ハイリスク患者のみが100%マスクをすると仮定して、マスクによって感染が相対危険減少(疫学の座標のひとつ。暴露群と非暴露群における疾病の割合である相対危険を1から引いたもの)で20%予防できるとすると、10%の人が感染したという流行状況において、マスクで予防できる感染者数は全人口の0.6%になる(30%の10%=3%が感染する場合に、マスクでその3%の感染のうち20%予防できる。つまり感染者数の減少分は30%×10%×20%=0.6%)。10万人を対象とした地域であれば、30%のハイリスク者3万人のうち0.6%なら180人である。

 しかし、全住民にマスクを勧めた時にも同様に20%予防できるとすると、50%のマスク着用率ではその半分の10%の予防効果しかない。しかし、10%の流行状況でそのうち10%がマスクによって予防できるとすると、全人口の1%の感染が予防可能で、10万人の全住民においては1000人の予防が可能になる。先の180人よりはるかに多数の予防が可能である。ハイリスク者だけに限って厳しい対策をとるというのは一見効率の良い方法のように思われるかもしれない。予防において対策の効果を実感することは困難である。多くの場合、個人については無効であると感じやすい。しかし、それは実際に予防できる絶対数でみると、全体に対策を講じたほうが効果の薄い介入であっても良い場合が多いのである。これはワクチンにも当てはまるし、高血圧や高コレステロールの治療にも当てはまる。

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名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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