がんと向き合い生きていく

とにかくお話を聞く…それだけで患者は笑顔を見せてくれる

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 私はK先生の枕元に座り、「先生、ごぶさたいたしております。いかがでしょうか?」と挨拶しました。K先生はうなずかれ、しわがれた低い声でゆっくりと話されました。

「よくおいで下さいました。お聞きと思いますが、肝臓がんです。痛みはないのです」

 私は「痛みはないのですね」と答えましたが、その後しばらく沈黙が続きました。

 薄暗くてはっきりは分かりませんが、K先生は黄疸のためか皮膚が黒ずみ、以前お会いした時よりもかなり痩せて見えます。

「だるくて……ね」

 そう口にするK先生に、私は「だるいのですか」とたずねましたが、また沈黙となりました。

「選挙の時は、ここにたくさん人が集まったのです」

「そうでしたか」

 そんなやりとりをしながら、私はK先生の顔をうかがったり、床の間の鎧兜を見たりしていました。K先生は「肝臓がんの治療法」や「抱えている悩み」を話されることもなく、3カ月前に医院を閉じたこと、在宅医が往診してくれることなどを淡々と話されました。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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