人生100年時代の歩き方

がん克服した専門医が推奨 がんの不安は「猫目線」で軽くなる

ストレス解消法を知っている(C)日刊ゲンダイ

 がんと診断されるのはつらい。さらにつらいのは、転移の告知だといわれる。そんなつらい目に遭わないようにがん検診や治療を受けるのだが、新型コロナウイルスの感染拡大で、検診や治療を遅らせる動きもあり、がん患者には今までにない不安が広がっている。

 それでなくても、がんを巡っては、生活のちょっとしたことにまで不安が及ぶ。今や全体で2人に1人、男性は3人に2人ががんになる時代だ。がんになったとしても、もっと心穏やかに生活できないものか。

「がん患者の不安をちょっと軽くするなら、猫の振る舞いを参考にするといいかもしれません」

 驚くことを口にするのは、東大医学部付属病院放射線科准教授の中川恵一氏だ。がんの専門医であり、2018年12月9日には自らエコー検査で早期の膀胱がんを発見、手術によって克服した経験を持つ。患者の不安心理をも知るがんのエキスパートが大マジメに言うのだから、バカにできないだろう。

 実は、中川氏は大の野良猫好き。先月上梓した新刊「医者にがんと言われたら最初に読む本」(エクスナレッジ)では、猫目線でがんについて考察した章を設けたほどだ。「猫の振る舞いを参考に」とはどういうことか。中川氏に聞いた。

■自分なりのグルーミング法を探す

 がんから身を守る基本は、免疫だ。

 免疫を下げる要因のひとつは加齢で、高齢になるほど免疫が衰え、がんが増える。もうひとつはストレスだ。猫はストレスと無縁のようだが……。

「野良猫も飼い猫も、ライバルとケンカしたり、飼い主に怒られたりすると、ストレスを感じるといわれます。そのとき放棄されるのが免疫ですが、ストレス下の状況は長くはありません。その状況から解放されると、免疫が立て直されます。そんなときに猫がとる行動が、毛づくろいのグルーミングです。猫には、動物の本能としてストレス解消法が備わっていますが、人間は自分なりに気持ちを切り替える方法を見つけないといけません」

 国立がん研究センターは18年1月、約10万人を20年近く追跡した調査結果を発表。それによると、ストレスが高いグループは低いグループに比べて発がんリスクが11%高いことが判明した。

■眠い時は無理せず眠る

 猫やライオンなどネコ科の動物は、1日の大半を寝て過ごす。睡眠は13~15時間に上るという。

「猫にとっては、それが理想で適正な睡眠時間です。動物としての適正な睡眠時間を人間も大切にした方がいい。そうすると個人差があるにせよ大体7時間前後。この適正睡眠時間をなるべく守って、猫のように眠いときは夜更かしせず眠ることが大切です。これより睡眠時間が長すぎても短すぎてもがんになりやすいことがわかっています」

眠い時は眠る(C)日刊ゲンダイ
義務的な運動ではなく変化を感じる散策を

「野良猫が歩き回るのは運動ではなく、自分の縄張りのパトロールです。オシッコで臭いを残したり、樹木で爪とぎしたりするマーキングで、ライバルから居場所を確保しています。飼い猫も同じで、家具や壁に顔をこすりつけながら、顔の臭腺から出る臭いをつけて、安心できる居場所にしているのです」

 猫のパトロール的な運動が、がん対策にいいとはどういうことか。

「座りっぱなしの生活を続けると、がんを増やすことがわかっていますから、毎日継続できる運動が大切。新型コロナ禍の巣ごもり生活なら、なおさらです。そうすると、義務的な運動が必要になりますが、何でも義務化すると続きませんから、猫のパトロールのような散策や散歩くらいの気軽さが必要なのです。都市部なら町の変化を、郊外なら草木や花々の変化を見ながら歩けば、ストレスも軽減されます」

■家族とも適度な距離感を保つ

 町で野良猫に出くわしても、ゆっくり近づくと猫の動きがピタリと止まる瞬間がある。その距離を超えると、猫は逃げる。飼い猫でも知らない人が近づくと逃げるだろう。

「猫との付き合いが応用できるのは、がん患者と家族との距離感です。周りが腫れものにさわるようにがん患者をいたわりすぎると、その人にとってはストレスになることがあります」

 猫はもともと単独行動をする動物で、かまわれたくないことがある。がん患者も同じで、独りになりたいときがあるだろう。

 その一方、隠れていた猫がいつの間にか飼い主にすり寄ってくるように、がん患者も自分から家族に語りかけてくるタイミングがある。家族は、そんな距離感の見極めが大切だという。

「そういうとき、家族は、がん患者の会話をさえぎって意見を述べるのではなく、聞き役に徹し、とにかく聞くこと。それを続けると、がん患者さんは心が軽くなり、次第に精神的に落ち着いてくるのです」

 聞き役に徹することは「傾聴」で、緩和ケア医が患者の心の痛みを和らげるスキルのひとつ。その繰り返しで、患者は自分の中にある答えを見つけ、態度や言葉が穏やかになるという。

中川恵一氏(C)日刊ゲンダイ
最期の場所は自分で選ぶ

 内閣府の調査によると、「自宅」での最期を望む人は、「病院」の2倍以上の55%。ところが実際は「病院」で亡くなる人が8割を超える。「自宅」は1割でしかない。猫はといえば……。

「家の外に出られる飼い猫が死ぬ直前、『いつの間にかいなくなった』『縁の下で亡くなっていた』というエピソードがあるように、猫は死ぬ前に姿を消すといわれます。飼い猫の中には、飼い主にみとられて亡くなるケースもあるでしょうが、猫は自分の死を悟ったら、どう死ぬかを決めているのではないでしょうか。猫の祖先は、弱肉強食の世界で生きていました。思うように動けなくなれば、ほかの動物に食べられてしまいます。悲劇的な最期を避けるために、見つかりにくい場所に潜り込む行動が、本能に刻み込まれているのではないでしょうか」

 その仮説の真偽はともかく、猫は自分で最期の場所を選んでいるように見える。

「がんが治らないとわかっても、数カ月から2年くらいの時間があります。その点は、心筋梗塞や脳卒中の突然死とは決定的に違うでしょう。人間は、猫とは事情が違うにせよ、その時間を有効活用して、自分なりの死に方を考えることは大切。そうすれば、最期を迎える場所のミスマッチは解消できるはずです」

 ◇  ◇  ◇

 高齢社会の今、がんは決して他人事ではない。猫の振る舞いをまねるかどうかはともかく、自分なりの軸を持つことは、がんと折り合って生きていくうえで欠かせないだろう。

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