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米国における乳がん治療の実際<3>医師は意見を述べるだけ

写真はイメージ

 米国在住の50代の日本人女性Aさんが乳がんを宣告され、治療に奔走する話の3回目です。精密検査で石灰化が確認され、ごく初期の乳がんと診断されたAさんは、都合3回の手術を受けることになりました。最初の2回は部分切除にチャレンジしましたが、いずれも取り残しがあり、最終的に全摘手術に。Aさんはその間、すべてを自ら主体的に進めなければ何ひとつ治療が進まない米国式医療に翻弄されっぱなしです。精密検査の造影MRIの手続き、その結果の確認、手術の予約も自分で行わなければ誰もやってくれません。2回の部分切除手術では、手術時間を含めて病院には3時間ほどしかいられませんでした。全摘手術をした3回目は1日のみの入院で手術後、執刀医との話もなし。廃液チューブを体にぶら下げたまま退院し、廃液量を毎日記録、それを持参して通院。チューブが抜けると事前に手続きしていた乳房再建手術が始まりました。Aさんはこうした段取りと手続きをほぼひとりで粘り強く進めたのです。

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奥真也

奥真也

1962年大阪生まれ。東大医学部卒業後、フランス留学を経て埼玉医科大学総合医療センター放射線科准教授、会津大学教授などを務める。その後、製薬会社、薬事コンサルティング会社、医療機器メーカーに勤務。著書に中高生向けの「未来の医療で働くあなたへ」(河出書房新社)、「人は死ねない」(晶文社)など。

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