医療だけでは幸せになれない

コレラをめぐる「病態生理」と「疫学的事実」の対立…コッホとペッテンコーフェル

写真はイメージ

 そう考えると「コレラの原因はコレラ菌だけではない」という考えも正しく、ペッテンコーフェル自身はこの人体実験によって自分の考えが証明されたと思ったのではないだろうか。

 コレラ菌がコレラの原因だといわれると、「コレラ菌が体に入るとそのすべての人がコレラになる」と考えるかもしれない。病態生理による病気のメカニズムの説明はそういった誤解を助長する。

 逆にコレラを摂取したと考えられるのにコレラにならない多くの人たちを観察して、「それが原因であるはずはない」とコレラ菌を飲むというような無謀な人体実験をしてしまうのも問題だ。疫学的な観察は個別に起きることを予想できない。統計学的に見たとしても、ある確率で予想できるにすぎない。

 ただ医学の流れがどうなっているかというと、病態生理は仮説にすぎないと考えるべきで、疫学的観察、統計学的事実によって医療の有効性が示されなくてはいけないというのが今の医学の王道である。

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名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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