上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「心筋保護液」はさまざまな試行錯誤の末に確立された

天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 基礎医学的なアプローチとして、心臓摘出までドナーの体温が25度、心臓は28度になるまで冷却されました。低温にして心筋細胞の代謝を落とすためです。さらに、取り出された心臓は10度の乳酸リンゲル液に浸されました。ナトリウム、カリウム、カルシウムなどを水に溶解したもので、体液や電解質の補給に使われる薬液です。こうした試行錯誤の末、移植手術は成功したのですが、結局、患者さんは18日間しか生存できませんでした。

 心臓が停止している間、いかに心筋にダメージを与えずに済むか──心筋保護は心臓手術にとってさらに大きなテーマとなります。そんな中、1970年代になって英国のセント・トーマス病院が心筋保護液の研究を始め、新たな高カリウムの心筋保護液が開発されます。カリウム、カルシウム、ナトリウムなどの成分のほか、緩やかに心臓の収縮を落としていくマグネシウムが加えられました。これは「セントトーマス液(第1液)」と呼ばれて広まっていきます。さらに、1981年にはpHと成分の調整を行った第2液が登場し、いまも世界中で使われています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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