独白 愉快な“病人”たち

ボクサーみたいに顔が腫れて…プロダーツの川島淳さんネフローゼ症候群との苦闘

プロダーツプレーヤーの川島淳さん(C)日刊ゲンダイ
川島淳さん(プロダーツプレーヤー/44歳)=ネフローゼ症候群

 出産を終えた2008~09年ごろ、まぶたがボーンと腫れるようになり目のトラブルだと思って眼科を受診しました。これが「ネフローゼ症候群」による症状だとわかったのは、それからおよそ4年後のことでした。

 眼科では何もわからなかったのですが、原因不明の疲れやすさもあったので、同じ大学病院の別の科を受診したり、病院を変えてCTやMRIも撮ってもらいました。それでも原因がわからなかったため、2~3年放置しちゃったんです(笑)。目の腫れや疲れやすさはあっても生活に支障が出るほどではなかったからです。

 現に12年には、プロプレーヤーになって初めて全国ツアーに参戦して、年間女子ランキングで5位になりました。「さぁ、来年も頑張ろう!」と翌年の全国ツアーに参戦した途端、過去一番ひどく顔が腫れたのです。まるで試合後のボクサーみたいに……。足も靴が履けないくらいむくんでいました。

 すぐに近所の病院を受診しても胃薬を処方されて終わり。あとから考えれば胃薬が効くわけもなく、翌日にはさらにバーンと顔が腫れたので、大きな病院に行きました。すると腎臓専門の科が新しくできていて、そこで検査をしたところ「人工透析の一歩手前です。即入院してください」と言われたのです。入院の目安は2カ月間とのこと。ビックリはしましたが、「そうなんだ」という感じでした。

 たしかに前年のツアーの終盤は顔がパンパンで、周囲には「ずいぶん太ったな」と思われていたと思います。自分でも体調が悪いことは自覚できたので次のツアーに向けて元気をつけなければと、塩分多めのタンパク質たっぷりな食事を食べまくってしまったんです。塩分とタンパク質は、この病気では本来控えるべきものなのに、そんなこととは知らなくて、結果的に悪化させてしまったわけです。

 入院まで1週間あったので、子供を預けがてら実家に1週間滞在しました。その頃には食欲がなく、体重が落ち始めていました。

 入院すると、点滴によるステロイドの大量投与が始まりました。24時間つながれっぱなしの3日間。それを終えると象のようだった足がウソのようにシュッとして、むくみによる痛みからも解放されました。

川島淳さん(C)日刊ゲンダイ
ダーツをやめようと思ったことは1ミリもない

「ネフローゼ症候群」と診断されたのはその頃です。腎臓の組織を調べる腎生検の結果でした。この病気は、腎臓でろ過を担う糸球体で炎症が起こり、本来血液中にとどまらなければならないタンパク質が尿とともに出ていってしまう病気。低タンパク血症になって全身がむくんでしまうのです。さらに、その原因を突き詰めていったら、「全身性エリテマトーデス」だったことがわかりました。

 全身性エリテマトーデスは、本来異物を攻撃する免疫が、誤作動で自らの組織を攻撃してしまう自己免疫疾患で、私の場合は腎臓を攻撃してしまったようです。

 3日間のステロイド大量投与のあとは、錠剤のステロイドを飲み続けるのがネフローゼ症候群の治療です。減塩で低タンパクの食事をとりながら、ひたすら安静を保ち、尿タンパクの数値を注視して徐々にステロイド錠剤の量を減らしていくのです。

 退院時には、むくみが取れてピーク時から15キロほどスリムになっていました。その後、ステロイドなしでいいほど改善したり、再び悪化したりを経て、今はステロイドは飲んでいません。ただ、ステロイドの大量投与の副作用で14年には「白内障」になってしまい、シーズンツアーが終わるのを待って両目を手術しました。

 全身性エリテマトーデスに関しては、放っておくと自分を攻撃してしまうので、入院中から今もずっと免疫抑制剤を飲み続けています。その影響とは言い切れませんが、15年には「子宮頚部高度異形成」という病気にもなりました。放っておくと子宮頚がんになる可能性があるという状態なので、腫瘍部分の切除手術もしています。

 完璧にエリテマトーデスの影響だと思っているのは、疲れると現れる移動性の関節痛です。指だったり腰だったり痛い場所が日によって変わるんです。処方された痛み止めを飲めば和らぎますが、手首に出た日にはダーツを投げられません。あ、でも試合ならやりますよ(笑)。アドレナリンが出ているから案外平気なんです。その代わり試合後に痛みがドッときますけどね。

 ダーツをやめようと思ったことは1ミリもありません。むしろ病気をして、より一層、ダーツを続けるモチベーションが上がりました。同じ病気の人に「川島さんが頑張っているから私も頑張ります」と言ってもらえるととてもうれしいんです。もしダーツをやっていなかったら、友達なんて片手で足りるくらいだったと思いますけど、今はたくさんの人に支えられています。ダーツはその日初めて会った人とも一緒にできるのが魅力だと思います。そして一度やればもう友達。人とのつながりや今という時間を大切にしたい気持ちは年々強くなっています。

(聞き手=松永詠美子)

▽川島淳(かわしま・じゅん)1978年、東京都生まれ。22~23歳の頃にダーツと出合い、26歳で本格的に取り組み始めた。2010年にプロテストに合格し、同年プロデビュー。12年の年間女子ランキング5位。病気を経て、22年にもランキングで再び5位に。「ダーツ&バーBang」(東京・東福生)の店長も務め、高校生の息子を持つシングルマザーでもある。



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