独白 愉快な“病人”たち

しゃべることもできず休職して…宮崎宣子さん語る顎関節症

宮崎宣子さん(C)日刊ゲンダイ

 思えば、高校1年生でアナウンサーになろうと決意したときに歯の矯正をすると決めて、大学の推薦入学の内定をもらったと同時に奥歯4本を抜いて歯列矯正を始めました。その後、生えてきた親知らずも抜いたので、2年間で8本の抜歯です。そして、大学3年生で始まるテレビ局の面接までに歯並び優先で急ぎめの矯正をしたので、そのツケが回ってきたのかなぁと思いました。

 24時間、マウスピースをするとなるとアナウンサーの仕事はできません。事務作業をしながらフルで働く選択肢もありましたが、周りが仕事をしている中で、しゃべることもできずにアナウンス部にいるのは耐えられないと思い、休職することを選びました。

 当時、朝の生番組や全国放送のレギュラー番組、通販や深夜放送、ナレーションも特番も……と、たくさん仕事をさせていただいていて、自分を振り返る余裕がありませんでした。でもふと思うと、入社前に「やりたい」と思っていたことが全部達成できていて、その先が何も見えていなかったんです。「これは『この先、30代をどう生きるかを考えなさい』というサインだな」と受け止めました。

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