がんと向き合い生きていく

可能性があったはず…「縦隔腫瘍」だった若者をいまも思い出す

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 がんからの出血です。気管挿管、人工呼吸器装着、緊急輸血など、呼吸器外科医と一緒にヘトヘトになりながら頑張り、この時はなんとか血圧は70㎜Hgまで回復しましたが、胸膜に入れたドレーンからの出血は続きました。

 そして、がんは再び大きくなり、追加の抗がん剤治療もできずにFさんは2週間後に亡くなりました。勝算あり、治せるのではないかと考えていたのに、どんなことがあっても頑張りたかったのに……残念な思いでした。

 遠方から上京し、泊まり込んでいたFさんの父親は、医師から説明を受けた後にご遺体とともに淡々と帰って行かれました。やはり覚悟を決めていたのでしょう。

 後日、胸部外科、放射線治療科、病理科などが集まっての合同カンファレンスがありました。標準的な治療などはない時代です。この例に対して、誰も発言はありませんでした。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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