がんと向き合い生きていく

誰ともしゃべらなかった患者さんを満開の桜の木の下に連れていくと…

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「こんにちは」

■初めて見る笑顔で握手を求められた

 あるとき、私はAさんの部屋を訪ねました。髪形が短い角刈りだったAさんは、ベッドのそばの車いすに座っていて、ぎょろりと斜め後ろ向きに私をにらみつけるような感じで振り向きます。そんなAさんを見て、私はふと40年も昔、映画館で見た“やくざ役”の高倉健さんを思い出しました。それからは、Aさんに話しかけても答えはなく、近づいた私を手で払いのけようとされました。そのとき、私は「じゃあ、また来ます」と言って部屋を出ることにしました。

 後日、あらためて部屋にうかがったときも、Aさんは車いすに乗って窓の外を眺めているか、ベッドで横になっているかでした。ただ、診察では上腹部に大きな腫瘤を触れたことを覚えています。それでも、Aさんは点滴などの治療は首を横に振って拒否され、日に日に痩せていきました。そして、息子さんもこの状況をしっかり理解されていました。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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