上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

小切開手術での死亡事故は経験不足の医師による不手際が重なった

天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 さらに報告では、血管に空気が侵入する空気塞栓があった可能性を指摘されています。一度でも血管に空気が入ってしまうと、限られた手術視野では確実に抜く方法はありません。そうなると、血液や心筋保護液が心筋まで十分に届かなくなってしまうのです。

 空気塞栓を予防するには、鉗子で血管をしっかりクリップしておくだけでいいのですが、度重なる不手際のために手術時間が長くなって、それも不十分になってしまったのでしょう。

 結局、心筋保護に加え処置にも手間取ったことで、心臓を止めている時間は5時間に及び、手術時間は11時間もかかっています。通常であれば、心臓を止めている時間は約2時間、手術は4時間程度で終わるので、それだけ患者さんの負担が増大して心筋梗塞につながったと思われます。

 MICSでそうしたトラブルが起こってしまったとき、医療安全における最も基本的な対処の方法は、心筋がそこまで損傷を受けない段階、心臓がまだ元気なうちに通常の開胸手術に切り替えて処置を行うことです。それが今回の事例では、MICS=小切開にこだわりすぎたように感じられます。医師の経験不足と医療安全を軽んじていた姿勢に問題があるといえるでしょう。また、この領域に対して経験不足である論文著者が、批判的な結論を導いていることにも疑問を感じます。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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