独白 愉快な“病人”たち

1年間病院を転々 水野タケシさんの座骨神経痛“難民”時代

コピーライターで川柳作家の水野タケシさん(C)日刊ゲンダイ

 それがボクの「座骨神経痛難民」の始まりです。このあと1年間、病院を転々としました。

 まず、その行きつけの整形外科では電気治療とマッサージ、細かく振動するウオーターベッドのようなベッドの上に寝るといった治療を週に1~2回受けました。しかし5月になってもぜんぜん治りません。

「病院を替えよう」と意を決して次に行ったのは、やはり家の近所の整形外科医院。そこでは座骨神経痛についての丁寧な説明があり、自宅でできるストレッチの方法を伝授されました。でも、そのストレッチが痛くてとてもじゃないが続かない。通院したところで治療は電気と「ボルタレン」という鎮痛剤の処方で、まったく改善せず途方に暮れました。

■鍼灸と整体の先生の間に“格差”

 その頃、仕事仲間で「暮らすめいと」という新聞の編集長にさりげなくグチると、くしくも彼女も同じ座骨神経痛仲間で、「それは鍼灸じゃなきゃ治らない」と助言されました。看護師の妻にその話をすると、通っているヨガの先生に聞いてくれて、市内のいい先生を教えてもらったのです。残念ながら自宅から遠かったため、そこには行きませんでしたが、鍼灸という新たな活路が見えた瞬間でした。

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